すらいむのきもち

すらいむの独りよがりブログです。ゆるしてちょんまげ~

なぜ合気道の分類化が発生したのか? 勝手に推論

こんにちは



前回は、合気道初心者のくせに合気道のイメージ分類をすると言う暴挙に出たわけですが、今回はさらなる暴挙に出ます。

なんと、合気道分類がどうして発生したのかその理由について推論を独断と偏見で書いていきます。

例のごとく今回も拙者の独りよがりです。ゆるしてちょんまげ~。

 

前回、合気道のイメージ分類を以下の三つに分類しました。

 

1 柔術型

2 気+柔術型

3 気型

 

そして各分類の説明は以下の通りです。

 

1 柔術型

関節技や、テコの原理などの物理的な法則や、物理的な力を使う。

分類の中では一番、柔術や柔道に近い。

型を非常に重視する。

格闘技。

2 気+柔術型

物理的な法則や力と、いわゆる気を使用し、相手の体勢を崩す。

型と気の両方を重視する。

格闘技的要素は少ないが、ある。

精神性も重要視する、いわゆる武道。

3 気型

精神性を非常に重視する。

型はあるが、無いに等しい。

格闘技的要素がなく、宇宙の平和を目指す。

もはや武道ではない。

 

ここから先は実際に合気道を身近に感じている人しか分からない部分が多いと思いますが、誤解を恐れず勝手にガンガン推論していきます。

また、合気道を語るとき、ある意味世の中の非常識的な考え方・ぶっ飛んだ考え方でなければついていけない部分が多々あります。

多々、ぶっ飛びますが、あまり気にせずさらっと読み進めてください。

ゆるしてちょんまげ~。

 

それではそろそろ本題に入ります。

合気道の分類化が発生した理由(推論)は、二つあります。

 

一つは合気道の開祖である植芝盛平から 指導を受けた時期によるもの、「修行時期原因論」。

もう一つは、 植芝盛平が亡くなった後、合気道が広く世の中に広まった中で、自然と分類分けされてしまったもの、「自動運転バイク論」。

 

「自動運転バイク論」って何やねん!!

いやいや勝手にいきなり思いついた言葉です。

でも意外と的を得てるような気がするんで、まあまあ軽い気持ちで読み進めてください。

まずは1つめ!

 

修行時期原因論

合気道の開祖である植芝盛平は、晩年、合気道を極め最終的にはまるで仙人の域にまで達しています。

 

植芝盛平の逸話はいろんな本にいろんなことが書かれてあります。

 

・植芝盛平は鉄砲の弾をよけることができた

・植芝盛平は相撲の力士さえも、力を入れず倒すことができた

・植芝盛平は牛若丸からなぎなたを習った

 

お分かりになったでしょうか?

ここまで来たら、もう普通の人ではありません。

仙人です。。。。。

 

他にも色々と信じられない逸話が残されており、本にも記載されています。

(ちなみに開祖植芝盛平は 1969年(昭和44年)に亡くなってあり、そんなに昔の方でもありません。)

 

はっきり言って私も未だに半信半疑ではありますが、

「合気道の開祖である植芝盛平は修行により仙人の域まで達した。」

ということを前提に話を進めていきます。

 

読者の皆様~ 大丈夫でしょうか?

まだ序の口でございます。

徐々にさらにぶっ飛んできますので、しっかりついてきてください(笑)

 

私が言いたいのは開祖植芝盛平修行によりその域に達したということです。

植芝盛平は、様々な流派の剣術、柔道、柔術などを習得し最終的に仙人レベルまで達しています。

 

言い換えると開祖植芝盛平は、様々な格闘技を習得した後、気の要素を取り入れ、仙人レベエルになったということです。

 

私の合気道イメージ分類分けである、

1 柔術型

  ↓

2 気+柔術型

  ↓

3 気型

の順番で合気道の最終形に至ったのです。

 

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ここで注意していただきたいのは、123の順番で進んでいったからといって、1 柔術型のレベルが低いわけではありません。

かなり高いレベルで123の順番で進んだことを強く申し上げたいと思います。

 

あえて、例えて言うならば、 女子レスリング吉田沙保里さんが世界選手権で、5連勝して、10連勝して、最終的には18連勝した感じでしょうか。

そもそも世界選手権で5連勝することは、一般人から見ればとてつもないレベルです。

5連勝も18連勝も、一般人からしたら手の届かない雲の上のレベルだということです。

 

私が言いたいことは、開祖植芝盛平にも「1 柔術型」の修行時期があったのですが、そのレベルはあまりにも常人とは違っていただろうということです。

 

話が横道に逸れてしまいました。本筋に戻します。

 

【推論1】

合気道の分類化が発生した原因は、植芝盛平から指導を受けた時期に原因があるじゃないの理論!!

 

開祖植芝盛平が1・2・3の段階を経由して修行していく中で、1柔術型の時期に指導を受けた人は柔術型メインの合気道になり、3気型の時期に指導を受けた人は気型メインの合気道になったのではないでしょうか。

開祖植芝盛平は、自ら若いころと晩年では技が変わったと言っていたそうです。

植芝盛平の技が年数とともに変わっていったことを考えれば、ご納得いただけましたでしょうか?

 

ガッテン! ガッテン?

 

もう一つの「自動運転バイク論」はまた次回!

ゆるしてちょんまげ~